可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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「あら。アドル。ドレスの試着はいいの?」


 からかうような妹の声に、アドルバードは眉間に皺をよせて振り返る。
 もう目前に迫ったパーティの衣装合わせをしているところだった。リノルアースがアドルバードの部屋に勝手に入っていることは最早つっこむ気にもならない。
「な・ん・で! ドレスの試着が必要になるんだよ! 今回女装は無しだろ!?」
「いつ何時どんな事態が起きるか分からないじゃない?」
「おまえ何をやらかすつもりだ!?」
 首を傾げる可愛らしい仕草も、兄であるアドルバードには効果がない。
 リノルアースはにんまりと笑い――
「とりあえずは、何も?」
「顔とセリフが一致してない!! 絶対何か企んでる!」
 ぎゃあ、と悲鳴を上げながらアドルバードはリノルアースを指さす。
「アドル様、服に皺が出来ますから暴れないでください」
 主の心配よりも服の心配か、と嘆きたくなるようなセリフを言いながらアドルバードはレイに上着をはぎ取られる。
「あら、それにするの?」
 リノルアースも女の子なわけで、服のことには興味を持つらしい。
 アドルバードが着ていたのは今までの傾向とは違い、随分と大人びた衣装だった。黒く長い上着、縁には金が施され、細かな装飾は深紅。惜しむらしいことはこれを着る人間が長身ならば、もっと恰好が良いというところだろうか。しかしアドルバードの赤みがかった金の髪を映えさせる良い服だ。
「一応、主役ですからね。他の方々に嘗められない為にも外見は重要かと」
 大陸中から同年代の姫、王子を集めたのだ。ここでハウゼンランドの王子の価値を決められる。馬鹿にされるようなことだけはあってはならないのだ。
「そうね、いいんじゃないかしら。私とおそろいっていうのも似合うけど……今回は止めた方がよさそうだものね」
 双子が揃いの衣装を着るとそれは目立つ。しかしどこかで幼さが残る分、今回のようなパーティでは向かないのだ。
「どうせ今回はシェリーとおそろい着る予定だし。色や細かな装飾は変えるんだけど、デザインを同じのにするの。私のは出来てるから、今急いでシェリーのを作らせてるんだから」
 嬉しそうにそう説明するリノルアースは実に生き生きしている。
「そりゃあ……目立つだろうなぁ」
 大陸で北の姫、南の姫と証される二人が揃いのドレスで並ぶのだ――誰もが目を奪われる光景になるだろう。
「一応、私とまったく同じ形のドレスでアドル用のも作ってあるのよ? 何が起きるか分からないし」
「おまえのじゃ少し小さいからなー……ってだからドレスは着ないし!!」
 うっかり雰囲気に流されそうになって、アドルバードは慌てて首を横に振る。
「計画によるじゃない?」
「どうやって俺が女装するような計画が立つんだよ……今回は絶対に駄目。危険なのはシャリスネイア姫とルイ、それに俺なんだぞ。おまえが俺になってる間に何かあったらどうする?」
 ヘルダム王子の目的はシェリスネイアの暗殺だ。そしてその罪をアドルバードを含めたハウゼンランドに負わせる。しかしその過程でアドルバードが危険な状況に陥ることも十分にありえる。
 そうだと分かっていて、リノルアースと入れ替わるなんて冗談じゃない。


「……一応、同じ衣装で少し小さめのものも用意してますが?」
 レイが控えめにそう言う。
 腕の中にあるアドルバードの上着を持ち上げている様は、つまり同じ服がこの世にもう一つあることを指していた。
「ほら。やっぱりレイは話が分かるわねー」
「レイ!!」
 黙っているわけにはいかなと、アドルバードが声を荒げる。
「一概に、危険だとは言えないでしょう。パーティ会場で襲われることなんて万が一にもありません。会場にリノル様がいてもらって、隙を作るということも出来るんです。その場合はカルヴァ王やウィルザード様にサポートに入っていただければ……」
「駄目だ! 何が起きるか分からないんだぞ!? アルシザスでは乱闘にだってなっただろう!!」
 過保護、とリノルアースが呟く。
「あのねぇ、もしも、万が一、そういうことが必要になったら、っていう話よ? 分かる? |主役《アドル》が会場から消えるわけにはいかない。だから私が代わる――臨機応変に対応できるようにっていう対策よ?」
「だけど――」
「だ・け・どじゃない!!」
 怒ったようなリノルアースの顔が目の前にあり、アドルバードは押し負ける。
「使えるうちは使いなさい! どうせもう少ししたら使えない手なのよ?」
 ずい、と間近に迫るリノルアースの顔はびっくりするくらい綺麗だ。自分のそれともわずかに違いで出始めている。リノルアースはより女性らしく、アドルバードはより男性らしく。
「可能性の段階でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないの。必要になったときのための準備だって言ってるでしょうが。まったく」
 自分の危険も顧みずそう言い放つリノルアースの方がよっぽど男らしい。アドルバードは苦笑しながら、ありがとう、と呟いた。
 その呟きが聞こえたのか――リノルアースが満面の笑みを浮かべ、部屋を去る。タイミングを計ったかのようにルイが扉の向こうで待っていて、二人並んで歩く様は寂しくもあり嬉しくもある。




   ■   ■   ■





「……俺とリノルって、入れ替わるのはそろそろ無理なのかな?」
 確認するようにレイに問うと、さらりと答えられた。
「まぁ、そうでしょうね」
 あっさりとした返事にほんの少し嬉しくなる。
「それはつまり、俺の身長が伸びた?」
「身長というより、骨格でしょうね」
 確かに少しは伸びたようですけど、と付け加えられる。最近ではリノルアースと並んでいて少し見下ろせる感じがあったから、多少は伸びたんだろうと気づいていた。レイと比べても大して変わっているような気はしなかったのだが。
「……そか」


 ずっと、ほとんど一緒だったんだけどな。


 嬉しいと同時にそんな感想が浮かんだ。
 一日中一緒にいたのはもう随分を昔の話だ。今ではアドルバードが忙しく、食事のときに顔を合わせることすら難しい。こうしてリノルアースが部屋を訪ねて来ない限りは。
「寂しいんですか?」
 レイが優しく微笑む。ああ、こういう顔は貴重だな、と思いながら頷く。
「寂しいけど、まぁ仕方ないだろ。リノルの王子様はもう俺じゃないからさ」
 小さな頃から守ってきた妹の王子様はもう別にいる。
 ならいいかげんに妹離れしなければならないだろう。
「……向こうが兄離れ出来ていないと思いますけどね」
 ぼそ、とレイが呟く。アドルバードはあまり上手く聞き取れず、首を傾げて無言で問うが、レイは黙ったままだ。
 大したことではないのだろう、とアドルバードもあまり気にしない。
 自分よりも背の高いレイを見上げ、アドルバードは笑う。


「俺には俺のお姫様がいるし?」


 レイは誰のことかと検討がつかないようで、じっとアドルバードを見つめ返す。
 聡い彼女には珍しいが――自分が関わる恋愛ごとには、わりと鈍い。アドルバードは苦笑しながら、レイを指さす。
「最も、俺のお姫様は護らなくても平気かもしれないけどな?」
 そこまで言って初めて、レイが自分のことを言っているのだと気づいたのだろう。わずかに頬を赤くして、戸惑う。
「……お姫様なんて柄じゃありません」
 その一言はレイのこの場での必死の切り返しだったのだろう。
 こういうとこが可愛いよなぁ、なんて感想を持ちながらアドルバードは笑う。レイの白く、そして稽古で少しだけ荒れた手を持ち上げて、その手の甲にキスを贈る。



「お姫様だよ――俺にとってはね」





 慣れない行動に、レイが戸惑う様子が少しだけ嬉しい、なんて言ったら後が怖い。けれどいつも勝てないのだから、たまには優位に立ってもいいだろう。
 誰も見たことのない彼女を独占するくらいには。






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