可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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 他国の姫君が続々とハウゼンランドにやって来るなか、例のアヴィラの姫君だけは遅れていた。遠い道のりの上に砂漠を越えてやってくるのだから、他よりも到着が遅れるのは当たり前と特に気にするものはいない。






「よぉ、アドル。久しぶりだな」


 城内の廊下で、そう気安く話しかけてきたのはハウゼンランドの西にある国・ネイガスの王子であるウィルザード・ディル・ネイガスだ。アドルバードやリノルアースより一歳上の、アドルバードの遠い親戚だ。年も近いということもあって、幼い頃はそれなりに交流があった。
「久しぶり、ウィル」
 ハウゼンランドに姫君がやって来ている公的な理由はもちろんお見合いなどではなく――名目のパーティがある以上、近隣の王子も何人かは訪問する予定だ。ウィルザードはそのなかの一人というわけで。
「随分面倒なことになってるなぁ、おまえ本気でどっかの姫さんと結婚するわけ? そこの騎士さんはどうすんの?」
 小さな頃からアドルバードの気持ちを知っているウィルザードは好奇心を隠そうとはせず不躾に聞いてくる。
「……関係ないだろ。どっかの姫君とどうこうってつもりは全く無いけどな」
「そりゃ残念。もしも見合いするなら騎士さんは俺が引き取ろうかと思ったのに」
「女嫌いの王子に引き取られるような状況にはなってません」
 きっぱりとレイが切り捨てる。
 ウィルザードは根っからの女嫌いで、唯一の例外がレイだった。もちろんそれは単純にレイが普通の女性の枠から外れていて、見かけも中性的、暮らしぶりは騎士そのもの、というのがおおよその原因だろう。
「ていうか、いつの間にか女らしくなったな。何かあったか? アドルに襲われたとか」
「ウィル!!」
 黙れという意味を込めてアドルが怒鳴る。
 もちろんそれは後ろ暗いことがあるからだが。
「とりあえずは何も、と答えておきます」
「でもその髪、伸ばし始めてるんだろ?」
 目ざといな、とアドルバードは思う。女嫌いのくせにそういうところにはよく気がつくのだ。
「アドル様が長い方が良いそうなので」
 おまえの世界の中心は相変わらすだな、とウィルザードが呆れ果てる。レイが気にした様子は全く無く表情はまるで変化ない。
「ウィルこそよく来たな。おまえの嫌いな姫君がたくさん集まってるのに」
 ウィルザードは典型的な『お姫様』が大嫌いなのだ。お淑やかに振る舞い、紳士のエスコートされ、そのくせ実は我儘で自分勝手で性格の悪い、お姫様らしいお姫様が。どうも女の陰湿さが嫌いらしい。
「いいかげん俺も親がうるさくてな。相手を見つけろとっとと結婚しろって。三男だからもう少し自由にできるかと思ったんだけど」
「おまえもおまえで大変だな。他に来る王子はほとんどリノル目当てみたいだし……」
 連日の王子からのアプローチを上手く交わしながらストレスをためていくリノルアースに、最終的には八つ当たりされるんだろうな、とアドルバードはため息を零す。
「アレのどこがいいんだか。顔だけだろうが。性格は極悪だ」
 もちろんウィルザードとリノルアースは犬猿の仲だ。なんと言おうと、リノルアースはウィルザードの嫌いなタイプの代表例なのだ。
「他の人はリノルの外面しか知らないからさ……」
 リノルアースの猫かぶりはもはや遺伝子のなせる業だ。それに騙される王子達をつい哀れに思ってしまう。




「あら、ウィルザード。来ていたのね」
 向こうからやって来るのは噂のリノルアースだ。
 薄紅のドレスを着て、堂々と、そしてどこか優雅に歩く姿はまさにお姫様だ。
「うるさい。近寄るなこの魔性の女め」
「相変わらず成長しないのね。罵倒する言葉にももう少し在庫を増やしたらどうなの? 聞き飽きたわ。まぁ増えたところであんたに何言われても何も感じないけど」
 くぅ、とウィルザードが悔しげに唇を噛む。
「女嫌いなんて言ってただのトラウマじゃないの。しかも人のせいにしてくれちゃって。気づかない男が馬鹿なんでしょう」
 ふん、と悪びれもなくリノルアースは追加攻撃をする。
 二人の戦いはリノルアースがいつも一方的に勝利している。
「女がいろんな顔を使い分けるのは常識中の常識よ。それが理解できないならいっそ神様にでもお仕えすれば? 一生女に近寄らなくてすむわよ」
「……私は使い分けてるつもりはありませんけど」
 常識と言われた行為に覚えのないレイがぽつりと呟く。レイが、性格の裏表がないことは誰もが知っていることだ。
「レイはいいのよ。そのままで充分素敵だから」
 リノルアースがにっこりとレイに笑顔を向けて言う。
 反論する余裕もなく黙り込んでいたウィルザードが、覚えていろよとありきたりなセリフを残して逃げていくのもいつものことだ。



「……ホント、成長しないわよね。あいつ」
「あいつも昔はリノル信者だったんだけどな」
 アドルバードが可哀想に、と呟く。
 ウィルザードがリノルアースの本性を知る前――それでも八歳くらいだと思う、それまではウィルザードはリノルアースにベタ惚れだったのだ。しかしある日リノルアースの腹黒で策略家で我儘で自分勝手な(アドルバード達にしてみればもはや慣れたことなのだが他人の目には傍若無人に見える)様子に、今まで築き上げてきた理想がものの見事に砕け散ったらしい。
 女がいくつもの顔を使い分けるのは確かに事実かもしれないが、まさかそれが七歳の少女にまで適用されるなんて考えないだろう。
 それ以来ウィルザードは女嫌い、または女性不信に陥り、現在にいたる。
「一方的に理想像を作り上げてそれが壊されたからってぎゃあぎゃあうるさいのよ。器の小さい」
 リノルアースに非がないというわけでもないと思うが、そんなことをあえて言うほどアドルバードは愚かではない。
「そういえば、ついさっきギルコニアの姫が到着したそうよ」
 それを伝えに来たんだったわ、とリノルアースが付け加える。
「それじゃあ……あとはアヴィランテのシェリスネイア姫だけか」
 遅いな、とアドルバードが頭を掻く。
「一番気になる人がまだなんだもの、こっちも行動出来ないのよね」
「今度は何を企んでるんだよ……」
 チャンスがあれば何でも自分の利益になるように策略する妹を呆れたように見つめる。
「今は、まだ何も?」
 にっこりと微笑んだその笑顔が黒々しく見えるのはアドルバードの目が可笑しいのだろうか。
「……いいよもう。好きにしろ。国際問題だけは作るなよ」
「やだ、私がそんなヘマすると思うの!?」
 やっぱり何か企んでんじゃないか。
 内心、そうツッコムが何も言わない。アドルバードが人生で学んだ教訓だ。



 
 君子危うきに近寄らず。


 ――口は災いの元。





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