可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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53

「なんというかまぁ、存外に――いや、予想通りしぶといな君は」


 鬱陶しいくらいに晴れやかな笑顔でカルヴァがお見舞いという大義名分を掲げてアドルバードの部屋にやってくる。
「しぶとい言うな。ていうかうるさいから出てけ。病人を労れ」
「病人じゃないだろう。毒を飲んだだけだ」
「だけとか言うな」
 こっちは死にかけたんだよ、とアドルバードが唸る。カルヴァは顔色の良くなったアドルバードを見てにこにこと笑っている。
「だけじゃないか。しょっちゅうある」
「そっちとここを一緒にするなよ。そんな殺伐としたことしょっちゅう起きてたまるか」
 アルシザスといい、アヴィランテといい、南国では毒はそんなに身近なものなのか。そんなにスリリングな生活を送ってるのかこの連中は。
「確かにここはのんびりとしていて実に良いな。老後の生活として理想的だ」
「十代の若人が現段階で住んでる国を老後とか言うな。悪かったな田舎で」
「いやいや、実に素敵だとも」
 にこにこと機嫌よさそうに笑うカルヴァにうんざりしながら、アドルバードはため息を吐く。
「そんな調子で明日のパーティは大丈夫なのかね? 主役だろう、一応」
 アドルバードはもう毒に苦しんでいるわけでもないというのに、レイのお許しが出ずにベットに縛り付けられている。
「うーん……もう熱はないんだけどなぁ」
 心配症というか、過保護だからなぁ、と惚気のような声が漏れる。
「あのアヴィラの姫君に剣を向けたというじゃないか。相変わらず騎士殿は君のこととなると周りが見えなくなるな」
「………………そんなことしたのかあいつ」
 聞いてないぞ、とアドルバードは頭を抱えながら唸る。
「姫君の嫌疑はリノルアース姫が晴らしたようだがね。正直疑わしいとは思うよ、私は」
「何言い出すんだよ、突然」
 にこやかな表情が、冷徹な王の顔に変わる。アドルバードが不審げに眉を顰めた。シェリスネイアが人に毒を盛るような人間には見えない――否、そう思いたくないだけなのか。
「覚えておくといい。南の人間は皆汚い。己の利益の為にしか動かんよ。リノルアース姫も、親しい友人だから思わずかばったのだろうが――」


「そんな浅はかな女に見えますかしら?」


 カルヴァの真剣な声を遮ったのは、美しい歌声のようなリノルアースの声だった。
 扉に背を預け、不敵に微笑む。その傍らにはルイがしっかりと立っていた。
「リノル」
 アドルバードが妹の名を呼ぶ。リノルアースはゆっくりとベットに近づき、ちらりと部屋の中を見回す。
「――――レイは?」
 突然部屋にやって来た理由はそれだったのだろう、アドルバードは苦笑しながら「いないよ」と答えた。カルヴァがやって来ている時は、何を密告されるか分かったものじゃないのでレイは退出させている。
「どうせ近くで暇つぶしてるんでしょ。ルイ、探してきて」
「急用なのか?」
 リノルアースのことだから、ただの暇つぶしに来たのだろうと思っていたのだが。アドルバードは首を傾げながら問う。同様にカルヴァもリノルアースを見た。
「――――まぁね」
 リノルアースはアドルバードをちらりとも見ずに、ただそれだけ答えた。





   ■   ■   ■




 ルイが部屋から出て、少し廊下を歩くとすぐに姉の後ろ姿を見つけた。リノルアースの言っていたとおりかと笑いながら足を速める。
「――やっぱり、貴女の主には伝えていないんだ?」
 面白がるような声。ルイにはその声の主に覚えはない。
「……あなたには関係のないことでは?」
 レイの返答は冷静だ。しかしどこか緊張している様子に、ルイは警戒心を強めた。あの姉が警戒するほどの人間なんて、ハウゼンランドにいただろうか?
「どうかな。俺が味方になればそちらとしては願ってもないことなんじゃないかな?」
「――――それを決めるのは早計というものでしょう。それにしたって、どうやって護衛の目を逃れてここまで来ているんです? タイミング良く、私が一人になる頃を狙って」
「さぁ、どうやってだと思う? 運命か何かじゃないかな?」
 声をかけるか否か考えて――ルイは結局立ち聞きしているような形に留まってしまった。人目を避けるように廊下の角で話している二人から、ルイの姿は見えない。
「誤魔化すのはいいかげんにしていただけませんか。ハウゼンランドに来た目的は何なんです?」
「聞いてばかりだな、貴女は。完全に味方についたとも思えない人間に手の内を見せるほど愚かじゃないよ、俺は」
 どちらも一歩も引かないその会話は、どれほど続いたのだろうか。
 会話の中から、レイが話している相手を探ろうとする。
 一体誰と話しているのか――。
 ほんの一瞬、気を緩めたその時だった。


「誰だっ!?」


 レイの殺気がルイに押し寄せる。ルイが反射的に抜いた剣は、レイが斬りかかったその瞬間に痺れるほどの衝撃を受けた。
「――――ルイっ!?」
 驚いたレイからは研ぎ澄まされた雰囲気が消え、剣が収められる。ほっと安堵の息を吐きながら、まだこの姉には敵わないかな、と思った。
「おまえ、何をして――」
 問い詰めるような声が途切れる。レイの色白な顔が、いつもよりも白い。否、青いと言うべきか。
「曲者はそちらのお知り合いだったのかな? 問題ないならこっちは構わないけど――」
 角から顔を出した青年は、南国の人間特有の濃い肌に黒い髪。そんな特徴の人間は今ハウゼンランドに数人しかいないだろう。そしてその中でレイが警戒し、緊張を強いられるのも限られる――アルシザス王・カルヴァ、そしてアヴィランテの皇子ヘルダム。
 ルイが知らないのは、後者でしかない。
「これは面白いものを見つけたなぁ。ねぇ、貴方はハウゼンランドの人間なのかな?」
 探るような眼に、ルイは背筋が凍る思いがした。レイの顔色が悪いのはたぶん同じ理由だ。


 ルイは、会ってはいけない人間に会ってしまったのだ――――。






   ■   ■   ■






 リノルアースはそわそわと扉を見る。
 どうせレイのことだ、アドルバードから命じられて部屋を出ていたのだとしても、異変があればすぐ駆けつけることのできる距離にいるのだろうと思っていた。それだというのに、迎えに行ったルイも戻ってくる様子がない。
 何かあったのだろうか。
 嫌な予感が胸をよぎる。
「――――遅いわね」
 わずかな不安がそのまま声に出た。
 すぐに戻ってくるだろ、と事情を知らないアドルバードはのんきなものだ。事情を知らせなかったのはもちろんリノルアースとレイなのだが。
「顔色が悪いな、リノルアース姫。可憐な顔が曇ってしまっては太陽が蔭るようなものだよ?」
 いつもどおりのカルヴァの口調だが、そう語る顔は真剣そのものだった。


 ――そうよね、あなたは南の人間だものね。


 リノルアースは苦笑して、手の甲に贈られるキスを受取る。
「生憎、太陽は私ではありませんよ?」
「何を言うのか、そんなに輝かしいのに」
「そういう口説き文句は本当に惚れてる方になさったらどう?」
「しているが効果がないのだ」
 まったく何が悪いのだろうな、とカルヴァは真剣に悩む様子が可笑しい。
 にっこりと微笑みがらリノルアースは呆れた様子でこちらを見ている兄を見る。


 この国を統べる太陽は私じゃない。
 真の太陽は、いつだって輝きを失わないから。




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