可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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 ハウゼンランドの双子の王子と姫が会場に入った瞬間に、周囲がざわめく。
 王子にエスコートされる姫は可憐で愛らしく、シンプルな薄紅色のドレスがその美しさを少しも邪魔しない。真紅の薔薇が赤みがかった金の髪を飾り立てていた。
 王子は黒い上着は金の縁取りが施され、赤い装飾がやはり彼の髪色をより映えさせていた。
 よもやその二人の性別が逆だとは誰も思うまい。
 リノルアースが扮したアドルバードは本物よりも数倍愛想よく姫君達に笑顔を振りまいては黄色い歓声を浴びている。
「おいこら。俺の印象が悪くなるだろうが。俺は軽い男じゃないぞ」
 ぼそぼそとリノルアースに扮したアドルバードが抗議する。しかしそう言いながらも顔は笑顔だ。
「うるさいわね。少しくらいサービスしても罰は当たらないわよ。でもこれ気分いいわ。普段人を目の敵にしてるお姫様方が見事に騙されてきゃあきゃあ」
 笑顔で手を振るリノルアースが言っていることは腹黒い。頼むからその姿で問題は起こすなよとアドルバードは心から祈るのみだ。







「御機嫌よう、北国の王子と姫君」


 にっこりと笑いながらヘルダムが挨拶にやって来る。
「ご機嫌麗しく、ヘルダム皇子」
 微笑み返す偽リノルアース(アドルバード)に、ヘルダムが一瞬固まる。そしてちらりと偽アドルバード(リノルアース)を見た。
「何か?」
 にっこりと笑いながら偽アドルバードが答える。
「……心臓に悪いから、そういうことは事前に申告して欲しいなぁ。気持ち悪いくらいにそっくりだ」
「気持ち悪いとは心外ですね」
 リノルアースが笑顔のまま答える。内心ではかなり怒ってるかもしれない。
「知りあいには分かりやすいかもしれないよ、騎士の配置が逆だ」
 直すんだね、と注意を受けて、偽アドルバードの隣にルイ、偽リノルアースの隣にレイが立っていたことに気がつく。
「あ、ついいつもの癖で」
 ルイがわたわたと慌て始めるが――リノルアースは平然としてアドルバードと向き合う。
「どうせだから、一緒に踊ろうか? リノル」
 突然リノルと呼ばれたアドルバードは硬直し、そのまま引きずられるようにダンスする人の中に連れて行かれる。
 一応女装して他国にまで潜入したアドルバードは女の方でも踊れる。しかしリノルアースは――。
「え、ちょ、おまえ平気なのか?」
 こそこそと耳打ちしながらアドルバードはリノルアースと向き合う。
「誰だと思ってんの?」
 不敵に微笑む『自分』に冷や汗が流れながら、アドルバードはリノルアースのリードでダンスを始めた。







「あら。双子でダンスしていらっしゃるのね」
 少し遅れてやって来たシェリスネイアの隣には当然のようにウィルザードがいた。
 騎士二人とヘルダムのところに一直線にやってきたシェリスネイアだが、周囲の注目は双子の比ではない。漆黒の髪に白い薔薇は映えていた。ドレスは細かな装飾がリノルアースとは異なるが、大まかなデザインは一緒だ。二人並んだ姿は見ものだろう。
「いつも最初のダンスはそうですよ。お二人はダンスは?」
 レイがさらりと流しながらそう問いかける。
 遠目で見ている分には本物にしか見えない双子に、今はフォローする必要はない。
「……え、ええ。まぁ。その、私ダンスは苦手で。今の曲は速くて無理そうですわ」
 苦笑しながらシェリスネイアはダンスしている紳士淑女を見る。
「足踏まれるのも嫌だしな」
 からかうようなウィルザードをキッと下から睨みつけながら「そこまで下手じゃありませんわ」とシェリスネイアが言う。
「あなたは、どちらで踊るのかしら?」
 シェリスネイアがレイを見上げて問う。
「どちらも踊れますが――今夜はあくまで護衛ですから」
 レイが苦笑しながら答える。しかし周囲の姫君の中にはレイを狙うかのように熱い視線を送っている。
「残念ですわね。主に何も知らない姫君達が」
 くす、と笑いながらシェリスネイアは周囲の姫君を窺い見る。アドルバードの為とは言え、牽制にレイは男であるように振る舞ったままだ。


「あらシェリー。踊らないの?」


 にこやかに微笑みながらダンスを終えたリノルアース(に扮したアドルバード)が近寄って来る。
「お、踊りますわ、もちろん」
 笑う偽リノルアースは暗に「苦手なの?」とからかっているようだ。負けず嫌いのシェリスネイアが踊ると言いだすのが分かり切っているように。
「まぁ、このくらいの速さだったら大丈夫だろ」
 半ば呆れたようにウィルザードがシェリスネイアに手を差し出す。


「踊っていただけますか?」



 物語の王子様のようにウィルザードが微笑む。
 シェリスネイアは一瞬硬直し――赤く染まった頬を誤魔化すことも忘れて、ウィルザードの手に自分のそれを重ねる。
「お、踊って差し上げますわ」
 初々しい二人を見送って、アドルバードとリノルアースが休憩に入る。隙を見て誘ってくる王子を偽リノルアースはにこやかに笑いながら断っている。


「その格好はシェリスネイアの為だろう?」
 微笑みながらヘルダムはアドルバードに問う。
「まぁ、いざという時にこっちよりは戦力になりますから」
 こっち、とアドルバードの格好をしたリノルアースを指す。
「――――できれば、目を離さないようにして」
 真剣な表情でヘルダムはアドルバードを見る。その深い緑色の目に射抜かれたように、アドルバードは動けなかった。
「なぜです?」
 レイが不審げに問いかけると、ヘルダムはいつもの笑顔を忘れたように静かに呟く。




「……シェリスネイアの、母が亡くなった」




 突然のその言葉は、あまりにもあっさりしていて、現実味がなかった。


「シェリスネイアを縛りつけていた枷が消える。サジムは本当にあの子を殺すだろう」
 母という存在がなければ、シェリスネイアはサジム派につくことはなかったかもしれない。ヘルダムについたかもしれないし、どちらにもつかなかったかもしれない。そのことをサジムも分かっている。
「――随分と、気にかけてますね?」
 一番最初にルイが口を開いた。
 賑やかなパーティの会場で、これらの会話は目立つものではない。もとより周囲を気にして声は小さめになっている。
「アヴィランテの王族は、家族の意識が低いと聞きましたが?」
 続けて問うルイに、ヘルダムは苦笑した。


「俺にとって、あの子は少し特別でね」


 そう言いながらヘルダムはウィルザードと一緒に踊るシェリスネイアを見る。
 その瞳はとても優しい。その奥にある感情を、ルイもよく知っている。ハウゼンランドではよく見る瞳だ。





 ――家族を想う、優しい目。





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