可憐な王子の騒がしい恋の嵐

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 艶やかに――大人の女性すら勝てそうにもない美しい笑顔で、リノルアースに見つめられる。


「も、目的なんて……」
 リノルアースに威圧されて、シェリスネイアは口籠もる。
 このお姫様は、ただの可愛らしいだけの少女じゃない。そう感じ取らせるだけのものがあった。
「何の目的もなしにこんな田舎までいらしたの? それはご苦労様」
 皮肉だとすぐに分かるセリフだった。
 声の調子は先ほどとまるで変わらないのに、口調だけが丁寧になっている。
 そのリノルアースの様子にさすがに腹が立ったシェリスネイアも臨戦態勢になる。
「あったとしてもそれを軽々しく言うほど愚かではないわ。どこかのお姫様と違って!」
「あら、そんなことも言えるのね。素敵だわシェリー。だけどこっちはね、あえて腹の中を見せ合ってお互いに妥協できるところまで話し合いましょうって提案してるのよ? 悪い話じゃないでしょう?」
 返された言葉は倍以上の攻撃力を持っていた。
 大して年の変わらない少女に馬鹿にされたことがシェリスネイアをさらに腹立たせた。
 黒曜石の瞳に明らかな怒りが宿る。大国で蝶よ花よと育てられた姫君が、同じ年頃の姫にこれほど馬鹿にされたことはないだろう。
「妥協? 話し合い? 馬鹿馬鹿しいお話ね。それらはすべて対等の者同士だからこそある言葉でしょう? こんな北の田舎の国とアヴィラでは雑草と薔薇以上の違いがありますわよ?」
「雑草結構。悪いけど雑草っていうのは踏まれても踏まれても生えるんだから。薔薇なんて手入れが面倒だし繁殖も大変だしいいことないじゃないの。お高く振舞うだけしか芸の無いお姫様と一緒にしないでくださらない?」
「しっ失礼ね!!」
 大して意味をなさないであろう言葉で抵抗するが、リノルアースの強い物言いに、シェリスネイアは泣きそうになった。
「失礼なのもお互い様。言ってしまえば敵陣に乗り込んできたのはそちらでしょう? 多少の向かい風は覚悟の上なんじゃないの? それともお気楽な小旅行気分でこんなとこまで来たわけ? いいわね、大国のお姫様は苦労知らずで」
 勝てるわけ無い――そう悟った時にはもう遅かった。
 シェリスネイアのプライドがここで負けを認めることが出来ない。泣きそうになりながら、唇を噛み締めることしか出来ない。
 泣くものか。アヴィランテの姫として、こんな国の姫に言い負かされたくらいで泣いてたまるか。


「……リノル、少し言いすぎ」


 そこで思わぬ援護が入った。
 涙を堪えようと唇を噛んだシェリスネイアに気がついたアドルバードがリノルアースの攻撃を止める。
「言いすぎ? 自分の国を雑草呼ばわりされたんだもの、これくらい許されると思うけど?」
 ふん、と文句を言いつつ続けて攻撃してこないので少しは反省しているということだろうか。
「すみません。シェリスネイア姫。リノルは強気なもんだから」
 そう言いながら苦笑するアドルバードは最初の印象よりもずっと素敵に見えた。
 もともと容姿はそれなりに好みだったのだ。それでも興味はなかった。こんな小国では自分とつりあわない――初めから対象外だったのだ。
 でも今は――それこそ結婚してもいいと思えるくらいに、シェリスネイアの瞳にはアドルバードが素敵に見える。
 それは単純に危機を救われたために美化されているに過ぎないが、本人が気づくはずもない。
「……私、あなたと結婚してもよろしくてよ」
「はぁ!?」
 突拍子もないシェリスネイアの言葉に声を上げたのはアドルバードだけではない。言い負かしたリノルアースもこれは予想外だ。
「思っていた以上に素敵だもの。身長が低いのが少しアレだけど、そうね、それはもう少ししたら解決するでしょうし。アドルバード王子、アヴィラに婿入りするつもりはおあり?」
 身を乗り出しながらアドルバードを見つめてくるシェリスネイアの熱い視線から逃れようとアドルバードは顔を引き攣らせて上体だけ下がる。
「む、婿って……一応俺は跡継ぎなんで無理です。アヴィランテみたいに王子や姫がいっぱいいるわけじゃないから王子は俺だけだしっ」
 もちろん他にも王位継承者はいる。第一位がアドルバードなだけで。
 一方アヴィランテ帝国は一夫多妻制なので王子も姫も腐るほどいる。二桁は軽く越えるだろう。
「それって先に言うことかしら。ホントかっこ悪いんだから」
 アドルバードの隣で平静さを取り戻したリノルアースが紅茶を飲みながら呟いた。
「王位なんてそこの生意気な女に与えておしまいなさいな」
「ええと……ハウゼンランドでは一応よほどの場合じゃない限り、女性は王位を継げないんです。だからリノルにあげるのはちょっと」
 過去に女王がいなかったわけではないが、それは王家の血縁がただ一人で、それが女性だった時だけだ。アドルバードという男子が生まれている以上、リノルアースは王位につくことはない。
「アヴィラは本当に良いところですわよ。ここよりずっと暖かいし」
「いやぁ、暖かい通り越して暑すぎるんで北国育ちの俺には無理です」
「慣れれば平気ですわ」
「慣れればとかいう問題ではなくてですねっ」
 ああもう人生でそんなにもてたことないからこういう時にどうしたらいいのかさっぱり分からないっ!
 軽くパニック状態に陥っているアドルバードに、シェリスネイアを撃退できる言葉はなかった。
「ねぇ、シェリー。人の兄を困らせないでもらえないかしら?」
 ようやくやんわりとリノルアースが援護してくる。
「黙りなさい。人の恋路を邪魔する人なんて毒沼にでも落ちればいいわ」
「それってアヴィラ風の言い回しなの? 普通馬に蹴られるとか豆腐の角に頭ぶつけるとか」
「そんな品の無い言葉は使いませんの」
 馬と豆腐は品の無いものか、とアドルバードはシェリスネイアの矛先が変わったことに安堵してソファに深く腰を下ろす。
「毒沼ってそんなに高潔なお言葉だったのねぇ。じゃあそこのお姫様、ちょっくら毒沼まで行って頭まで浸かってきてくれないかしら?」
 リノルアースは相変わらずにっこりと極上の笑顔で凄いことを言う。
「なっなんてことおっしゃいますの!?」
「んー。ちょっといいかげんに鬱陶しいのよね、シェリーって」
「うっ鬱陶しい!?」
 いつの間にか立ち上がって言い争いを続ける二人を見上げながら、意外に気が合うんじゃないだろうかと思った。
 口をつけた紅茶はもう冷め切ってしまっている。
 もう帰ってもいいだろうかと二人に聞くことは恐ろしく、アドルバードは静かに冷たい紅茶を飲み干した。




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