可憐な王子の結婚行進曲

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19:い、いちゃいちゃなんてしてないっ



 アドルバードは隣に座っている所在なさげなルイを見た。ただ待っているだけ、というのは慣れていないだろうなぁ、と紅茶を飲む。現在リノルアースとレイはドレスの試着をしたり大忙しだ。
 以前ならルイはあれをしろこれをしろで忙しかったが『婚約者』の今は大人しく姫君の着替えを待っているしかない。
「ちょっとー! ぼんやりしてないで感想言いなさいよコレはどう?」
 隣の部屋から着替えて出てきたリノルアースがルイとアドルバードの前でくるりと一回転する。今着ているのは空色のドレスだ。爽やかな色合いだが、リノルアースにとても似合っている。
「え、あ、すごく綺麗です」
「――――で?」
 毎回同じような感想のルイに、リノルアースはすっかりご立腹だ。
「似合うけど、少し子どもっぽいよ。結婚式に着るんだったらもっと落ち着いた色にしたら」
 フォローするようにアドルバードが感想を言ってもリノルアースの不機嫌そうな顔は直りそうにない。婚約者からいろいろ聞きだしたいというのは乙女心的には仕方ないことなんだろう。
「リノル様、こちらはどうですか?」
 同じようにドレスの試着をしているはずのレイも、すっかりフォロー役に回っている。着たドレスはまだ数着だけだ。リノルアースの話だとレイ用のドレスを十数着用意したとのことだが。
「……緑? 綺麗だけど、あまり着ないのよね」
 レイが持ってきたドレスの色を見てリノルアースが首を傾げる。リノルアースはスタイルは良いが、身長は平均的な女性と変わらないので持ち込まれたドレスの量は多い。ここから選んで、さらにリノルアースに合わせて調節するらしい。
「似合うと思いますよ」
「そう? レイが言うなら着てみようかしら」
 レイの双子の手綱の握り方は絶妙だ。リノルアースは素直にまた隣室に戻って着替え始めた。
「……ルイ、もう少し気のきいた言葉は使えないのか」
 はぁ、とため息を吐きながらレイは弟を見る。自覚はあるのだろう、ルイも申し訳なさそうに身を小さくしていた。
「そ、そもそもドレスなどは自分の専門外ですから。ろくなこと言えないのは分かりきってるじゃないですか」
「いやー……でももう少しまともなこと言えると思う」
 リノルアースが綺麗なのは最早言うまでもないだろうに、とアドルバードでさえ呆れる。
レイは藍色のドレスを試着したまま、次のドレスを着ようとしていない。
「……それ、気に入った?」
 色合いこそは地味だが、裾には金糸で刺繍が施されている。レイの銀髪も長くなったせいか、とても華やかな印象だ。
「いえ、そういうわけでもないのですが……華やかな色は、苦手なので」
 こういう色の方が落ち着きます、と苦笑するレイが可愛くて、アドルバードとしてはこれだけで女性陣の着替えを待つ価値はある。
「アドル様はどんな色を着る予定ですか?」
 レイは休憩に、とアドルバードの向かいに腰を下ろしながら問う。いつもの指定席は今ルイが座っている。
「俺? まだ決めてないけど」
「そうですか……一応は色合いは合わせた方がいいかと思ったんですが」
 自分の好みというよりアドルバードと並んだ時の見た目を選ぼうとするレイに、アドルバードは内心嬉しくてしかたなかった。今回、シェリスネイアとウィルザードの結婚式でのパートナーはレイなのだ。いつものリノルアースではなく。
「レイが好きなの着ればいいよ。なんなら俺が合わせるし。女の人の方が準備にも時間かかるしな」
「そうですね、それが私には難しいんですが」
 苦笑するレイとにこやかに紅茶を飲んでいると、ルイが恨めしそうにアドルバードを睨んできた。
「……ルイ。その視線痛いんだけど」
「なんですか。人の目の前でいちゃいちゃして。見せつけてるつもりですか」
 リノルアースの機嫌を損ねたせいだろうか、ルイもいつもに増して鬱陶しくなっている。
「い、いちゃいちゃなんてしてないっ」
 いや、してたけど。内心ではそう思いつつアドルバードは否定した。レイは我関せずでカップを置き、するりと立ち上がる。
「……しょうがないですね、リノル様の様子を見てきます。ルイ、次はきちんと感想を言うように」
 姉に注意をされると、ルイも弱い。口ごもりながらも「……はい」と答えて小さくなった。






 隣室に入ると、ちょうどリノルアースがドレスを着終わったところだった。鏡越しに目が合う。
「あら、レイ。あのぼんくらはどうだったかしら?」
 振り返ることなくリノルアースは鏡を見たまま微笑む。まだ怒っているらしい。
「一応注意はしておきました。慣れてないことなので少しは勘弁してください」
「分かってるけど、全部同じ感想じゃ機嫌も悪くなるわ」
 むす、としたままのリノルアースを見て、レイも苦笑する。レイが選んだエメラルドグリーンのドレスは、予想通りリノルアースにとても良く似合っていた。式は夏の終わりだ。色合い的にも爽やかでいいだろう。先程の空色のドレスよりはずっと大人っぽい。
「……ルイの瞳も緑ですから、並んだ時に映えると思いますよ」
 鏡越しにそう微笑みかけると、同じことを考えていたのだろうか――リノルアースは少し恥ずかしそうに俯いた。
「似合ってる?」
 俯いたままリノルアースに問われ、レイはもう少しルイの前でも素直になればいいのに、と笑う。
「もちろんです」
 きっぱりと言い切ると、リノルアースは嬉しそうに微笑んだ。本人は見られてないつもりかもしれないが、鏡に映っている。
「なら、次はレイね! これを着てみて」
 そう言って取り出したのは瑠璃色のドレスだ。今着ている藍色よりも明るめの色で、確かに夏に着るのなら相応しい色なのかもしれない。何よりたぶん、ルイの瞳の色と言ったレイに対する仕返しなのだろう。ドレスの色はアドルバードの瞳の色によく似ている。
「これが嫌ならこっちを着てね?」
 極めつけに、とリノルアースは華やかなワインレッドのドレスを指差す。レイに選択肢は与えないつもりのようだ。
「……分かりました。リノル様は先に見せてきたらどうですか?」
 諦めて着替え始めるレイを、リノルアースは大人しく待っていた。一人で戻る気はないらしい。
 瑠璃色のドレスは、薄めの布を何枚か重ねて出来ていた。おそらく日の下を歩いた時は透けてとても綺麗だろう。もともと青系のドレスは自分の瞳に合わせて着ることが多かったし、ピンクや赤に比べると袖を通すのは精神的に楽だ。
 リノルアースのようにドレスを着て胸が躍るようなことはない。けれど着飾ってアドルバードの隣に立った時、嬉しそうにしているアドルバードの顔を見るのは好きだった。




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