可憐な王子の結婚行進曲

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3:普通の人達じゃないんだから



 ――少し、きつく言いすぎたかな。


 アドルバードの部屋を離れ、廊下を歩くレイは苦笑しながらそんなことを思う。
 しかしここで厳しく言っておかなければ、と思ってしまうのは騎士だった頃の癖が抜けていない証なのだろう。
「少し反省してもらわないと」
 はぁ、とため息を吐き出して静かに廊下を歩いていく。






「俺とレイって恋人じゃなかったっけーなんか恋人とか婚約者とか通り越してただの知り合いみたいなレベルまで落ちてる気がするんだけどどうなのこれ。ていうかあんな数分じゃレイ欠乏症も治らないんですけどむしろ悪化した気がするんですけど」
 壁にもたれて影を落としながらアドルバードはぶつぶつと呟いている。
「うるさいわね。レイは忙しいの。あんたも本当は忙しいの。大人しく仕事してなさいよ」
 リノルアースが見かねて物申すが兄の耳にはまるで届いていないようだ。
「重症ですね」
「この根性無しが」
 けっ、とリノルアースが顔を顰める。リノル様、と形だけルイがたしなめるが本人はまるで気にした気配はない。
「落ち込んでるだけで仕事もしない子にはご褒美はいらないわよねー? 実はもうすぐあるシェリーの結婚式で着るドレスの衣装合わせにレイも参加する予定だったりするんだけどそれを教える義理もないわよねー?」
 わざとらしいくらいに大きな声でリノルアースは呟く。
 もちろんそれに反応しないアドルバードではない。物凄い速さでリノルアースに近づき目を輝かせる。
「そのあたり詳しく教えてくれると嬉しいんだけど!」
 現金なやつ、とリノルアースは呆れてため息を吐き出す。
 婚約発表から一カ月と少しが経った。ほぼ同時期に婚約を発表したシェリスネイアとウィルザードは四ヶ月後に結婚式を挙げる予定だ。急な日程になったのもヘルダムが国内外に力を付けていくための下準備もあるのだろう。実際、リノルアースとルイの挙式も半年後に迫っている。
「ネイガスから私もルイもアドルもレイも招待されてるじゃない。それに着ていくドレスを一緒に作るだけよ? レイはあんまりドレスも持ってないし」
「だからその日取りとかをだな!」
 喰いかかる兄に鬱陶しさを覚えながらリノルアースはアドルバードの額を人差し指でつつく。
「そーいうことは本人に教えてもらいなさい。大体あんた会えないって騒ぐばっかりで行動してないじゃないの」
「行動したくても出来ないんだろうが」
 会いに行きたくてもルイが見張りに来ていたり仕事を山積みにされたりで。
「会うだけが行動じゃないっての。毎日こまめに手紙を送るとか、プレゼントをあげるとか、普通の恋人がするようなこと何一つしてないじゃない!」
 リノルアースが憤然としてアドルバードを叱りつける。
 手紙? プレゼント? と頭の中で繰り返して、ああ、と納得する。


「……そういう普通のことが頭になかった」
「だから馬鹿なのよ! 馬鹿!」


 乙女心理解してないんだから! と怒るリノルアースを前にレイでもそんなこと考えるんだろうか、とぼんやりと思う。
「やったほうがいいのかな、やっぱり」
「当たり前でしょうが!」
 ごつん、とリノルアースに頭を殴られる。ここまで怒られることなんだろうか、と思うあたりがまだ自覚が足りない。
「レイの場合プレゼントをあげると逆に怒られそうだけど。でも手紙を出しても罰は当たらないわよ!」
 確かに無駄にプレゼントをあげ続けたりなんてしたら無駄遣いするなと怒りそうだ。
「そんなこといったらレイだって手紙の一つも」
「女の方から渡すのが当たり前とか思ってたら本気でしばくわよ!?」
 リノルアースが凄い形相で睨んできたので大人しく小さくなる。ルイがまぁまぁ、と怒れるお姫様をなだめに入った。
「普通の人達じゃないんだから普通の恋愛しようとしても分からなくて当たり前ですよ。このあたりで落ち着いてください」
 ……なんだかものすごく失礼なことを言われたような気がするんだが。
 ルイは実は大国の王子様でした、なんて一番非常識な立場のくせに一番常識人のような顔をするものだから腹立たしい。
「……喜ぶかな」
 手紙を送るなんて、そんな些細なことだけで。
「自分だとしたら、で考えなさい。恋はするものだけど、愛は与えるものっていうのが私の持論」
 ふん、と胸を張る妹に若干一名ものすごく物言いたげな顔をした奴がいた。
 首を掻きながら机に向かう。未だに手のつけられていない書類の山にため息しか出てこない。
「考えておくよ」
 とりあえずは、と付け足すとリノルアースは眉を顰めて実に可愛らしくない顔になる。おおかた「かっこつけ」と思っているんだろう。






「それで、いつなんですか?」
 アドルバードの部屋をあとにして、廊下をルイと二人で歩いていると突然問いかけてきた。
「何が?」
「何がって……その、ドレスの衣装合わせの日ですよ」
 ルイが少し照れたように答えたので、リノルアースは「ああ」と納得する。参加してくれるつもりだった、ということだろうか。それこそ『恋人』のように。
「二週間後よ。オーダーメイドだし時間かかるもの。何? 興味ある?」
 茶化すように問いかけると、ルイが「当たり前でしょう」と顔をそらしながら答えた。
「綺麗な姿を見れれば嬉しいです。けど、あんまり他の男に注目されるようなのは困りますし」
「困るって誰が?」
 分かりきった答えだというのにリノルアースはにんまりと笑って質問を重ねる。この人は、とルイはすっかりリノルアースの手のひらの上で転がされている気分だ。
「もちろん俺が、です! 俺で遊ばないでください、リノル様」
「遊ぶなんて、そんな恐れ多いですわ、ヴィルハザード様?」
 リノルアースはルイの左腕に自分の腕を絡ませ、ルイを見上げながら笑う。
「その名前で呼ぶのはやめてください」
 好きじゃないので、と答えるとリノルアースは淡く微笑む。
「……知ってるわ。別に心配しなくても派手な服なんて着ないわよ? さすがに花嫁より綺麗になっちゃったら申し訳ないしねー」
 花嫁はあのシェリスネイアだというのに、そんなセリフが出てくるあたりがさすがのリノルアースというところか。
「ルイがいようがいまいが、あんたの意見なんて無きに等しいわよ? せっかくドレス作るんだもの。自分の好きなように作るわ」
「……まぁ、そうでしょうけど」
 はっきりと言われるとそれはそれで悲しいというか。
「でも、そうね。結婚式の時は参考程度にしてあげなくもないわ」
 私達も準備しないといけないのよねー、と世間話のようにリノルアースが呟く。
「まぁ、そうですね……って、はい?」
 同じように聞き流しそうになってルイは慌てる。
「あら、別に意見がないならいいけど。私はたっぷり意見するからそのつもりでよろしく」
「え、あ、はい。ってそうじゃなくて」
「何?」
 リノルアースがけろりとした顔で首を傾げるので、ルイは言うのも恥ずかしくなってきた。だがもう飲み込むことは許されない状況になっている。
「……いえ、その。結婚とかリノル様の口から言われると、現実なんだなと思って」
 我ながら女々しいな、と赤くなりながらルイは呟く。
「……じゃあ何、あんたは壮大な夢でも見てたと思ってたの?」
 リノルアースが物凄く呆れた顔でルイを見上げる。まさか「はい」とは言えずにルイはただ曖昧な微笑みで誤魔化すことにした。




 こうしていること自体が夢みたいだ、なんて。
 言ったら今度は殴られそうだ。




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