太陽の消えた国、君の額の赤い花

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 胸に残るあの鮮やかな朝焼けを、私は決して忘れないだろう。



 太陽が顔を出すたびに、太陽が地平線の向こうへ沈むたびに思い出す。


 あの穏やかな赤を。
 太陽のようにあたたかなあの人を。





 ゲイルがオルヴィスへと帰還して、数週間後にはノーアのもとに一通の手紙が届いた。
 内容はごくわずかで、オルヴィスに無事ついたこととノーアの身を案ずるようなことばかりだった。それでも多く言葉を送ろうと四苦八苦している様が文字から感じ取れ、ノーアは思わず手紙を見て笑う。
 オルヴィスへの道のりを考えれば、この手紙が本当に到着してすぐに書かれたものだと分かる。忙しい公務の合間を縫って書いてくれたのだろう。
「返事を書かなくちゃね」
 くすくすと笑いながらノーアは手紙を丁寧に畳み、宝物でも扱うかのように優しく引き出しの中にしまった。





『手紙をありがとう、無事にオルヴィスへ着いたようでほっとしています。

 こちらは特に不自由もなく、静かな時間が過ぎていきます。あなたが来ないと、月の塔には誰もやってこないものね。
 新しい女官は皆イシュヴィリアナの人らしく(あなたの采配なのかもしれないけれど)丁寧に接してはくれますが、セリのように親しく話しかけてきてくれる人はそう多くありません。国がなくなったというのに、聖女はまだ敬われるなんて不思議なものね。

 時々ですが、一人でも馬に乗り遠出するようになりました。こうして外に出られるのもゲイルのおかげね。今更だけど、ありがとう。
 これから寒くなる一方なので、今のうちにできるだけ外出しておきたいと思います。雪が積もってしまったら寒くて塔の中に籠もってしまいそうで。雪に埋もれるイシュヴィリアナも綺麗でしょうけど。
 オルヴィスはイシュヴィリアナよりも暖かいと聞きますが、どうなのでしょうか?
 外一面に雪が積もった光景を見たことがあるかしら?
 なかったら、ぜひ冬に一度イシュヴィリアナへ。息を呑むほどに綺麗だから。

 そして私の風邪の心配よりも、自分の体調に気を遣ってください。これから寒くのなるのだから余計に。
 自慢ではないけど、私風邪なんて滅多にひかないのよ。ラトヴィアが証人になるわ。

 手紙を届けてくれた方にそのままこの手紙を託しますので、早めに手元に届くのではないでしょうか。
 到着なさったのが夕方だったので、塔に泊まるように勧めたの。眠る前にこれを書いています。
 夜の月の塔はとても静かです。セリなんかは幽霊が出そうだと言って夜の塔の中を歩くのにそれは怯えるの。十年以上ここに住んでいる私が見たことがないんだから、怯える必要はないと思うのだけど。ここが「神の末娘」と初代国王の墓地なのだと教えたら卒倒するでしょうね。


 身体だけは壊さないように、自分を大事にしてください。
 それと手紙にはできるだけ近況も書いてくれると嬉しいのだけど。私のことを聞いてくるばかりじゃ、公平じゃないでしょう?


 この手紙が無事あなたのもとに届くことを祈りつつ―― 』



 最後に自分の名前を書いて、ことん、とペンを置き、手紙の封を閉じる。
 もう中身を確認できない状態になった途端、無性に不安になった。
 変なことを書いていないだろうか? 文字をもっと綺麗に書けば良かっただろうか?
 机の上に置かれた手紙を凝視して、ノーアはしばしの間悩んだが、大丈夫だと自分に言い聞かせてランプの火を吹き消した。

「やだ、もうこんな時間――」

 手紙を書くのに集中しすぎていたのか、もうとうにいつもは夢の中にいる時間になっていた。



 


 窓の向こうには獣の爪あとのようにか細い月。



 今にも吹き折れそうなその弱々しい月は、確かに光を放ち地上を照らし出していた。






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