4:シンデレラ、魔法使いを訪ねる



 お泊まりしたのは酔い潰れたあの最初の一晩だけ。けれど、毎週土曜日はなぜか要さんの家に足を運んでいる。髪をいじられたり、マニキュアを塗られたり、女子力満載の時間を過ごしたと思えば健康的なランチが用意されていたりして。わたしはすっかり餌付けされ要さんに懐いている。

「……灰原さん、なんだか最近綺麗になったね?」
 そんな日々がひと月ちょっと続いた頃、営業部の王子様から話しかけられた。
 やめてー。業務以外で話しかけないでー、と思っても素直に言うわけにはいかない。
「なに言ってるんですか。変わってませんよ」
 いやまぁ肌の質と髪の質は格段に上がったし、毎週要さんによって施されるネイルのおかげで爪は綺麗なんですけども。基本は干物のまんまですよ。
「そうかな? 綺麗になったと思うよ」
 この人、ブスでも美人でも態度変えないしいい人なんだけど、正直基本的に話しかけないでほしい。だってほら、こんな性格もパーフェクトなイケメンは佐藤さんと井上さんがあわよくばって狙ってるんですよ。いらん火の粉は被りたくないじゃないですか。
「恋人でもできた? 女の人はすぐ綺麗になるから」
 それはセクハラになりかねないですよ、という忠告は黙っておく。イケメンは多少のセクハラも許されるらしいからな。
「いえいえ、恋人なんていませんよ」
 ――オネェな友人はできましたけど。
「あれ、そうなの? でも灰原さんならすぐできると思うな」
「あはは……ありがとうございます……」
 いらねぇよ恋人なんて、という毒も浮かんだけれど笑顔で飲み込んだ。彼氏とか、なにそれメンドクサイ。
 オンナの戦いに巻き込まれないように当たり障りなく適当に返しておいたのに、やっぱり火の粉は飛びかかってきた。

「ねぇ灰原さん、今日の帰りに飲みに行かない?」

 ――ほら、きた。
 嫌な予感があたって思わず顔が引きつった。にっこりとNOは言わせませんって顔の佐藤さんと井上さんがわたしのデスクまでやってきた。
「えーあーでも……」
 どうやってきっぱりすっぱり断るべきか、と言葉を濁すと井上さんから畳み掛けられる。
「いいじゃない、ね? 業後十九時に駅前で。必ず来てね」
「……はぁ……」
 これはあれか、もしかして、もしかしなくても要さんに報告せねばならん案件か。報告しなかったとしても、のちのちバレて怒られそうだな。うん、そのほうが面倒だ。
 昼休みに要さんにメールすると、十分ほどで返信がきた。要さんってけっこう返信早いんだけど、ほんと何者なんだろう。
『仕事終わったらここにきなさい。絶対に逃げるんじゃないわよ』
 逃げたいという思考まで読まれてる。さすがだ。
 メールに添付されていた住所は、どこかの店の場所のようだった。スマホで検索してみようかと思ったが昼休みが終わってしまった。





「……サンドリヨン?」

 就業後、井上さんたちからも念を押されて、半笑いで職場から脱出した。
 スマホを頼りにようやく見つけたその店は、小さな、けれどセンスのいい靴屋さんだ。自動ドアなんてそっけないものじゃなくて、ヨーロッパの街並みにも似合いそうな扉。そして看板には「Cendrillon」の文字。たぶんサンドリヨンって読むんだよね。サンドリヨンってあれだよね、シンデレラだよね……?
「……こ、こんにちはー?」
 カララン、とドアについていたベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。……ご予約の方ではないですよね」
「え、ええと」
 にこやかに微笑む黒髪の青年に、口籠る。ご予約。ご予約ですか。しかもなんて美青年なんですか。要さんとは違う種類の美青年だ。類は友を呼ぶってやつなのかな。ん? そうなるとこの人のオネェなのか?
「あ、それあたしの」
 困ったうえに現実逃避していると、奥から要さんが顔を出してきた。すると青年はああやっぱり、みたいな顔をして「奥へどうぞ」とカウンターの向こうを示す。
「ありがとうございます……あーと、か、要さん?」
 まずは状況を説明していただきたいのですが。美人ばっかりの空間ってものすごく緊張するんですけど。しかもわたし以外は男なんですよ。なんだこの世界は。
「千春、こっちいらっしゃい」
 手招きされてほいほいついて行ってしまうくらいにはわたしも要さんに懐いている。すたすたと歩く要さんのあとを小走りで追いかけた。
「……靴屋さん、が要さんのお仕事ですか?」
「オーダーメイドのね。うちの店はデザインからなにまで全部やるわよ。あたしはデザイン担当」
「ははー……」
 オーダーメイド。だから予約がいるのかなぁ。まさかこんなお店に足を踏み入れることになろうとは。
「こーら。アホ面しない。これに着替えなさい。そのあとメイクし直すから。他のものとってくるからそれまでに着てなさないよ!」
 びしぃっ! の言いつけられて思わず敬礼しそうになる。用意されていたのは思ったよりもシンプルな、淡いピンクのワンピースだった。うわぁ、こんな色着たことない。ふりふりひらひらじゃないのは嬉しいけど、普段白黒グレーのモノクロ女にこんな可愛い色はハードル高いよ……。
「戻っても着てなかったら服剥いであたしが着せるわよ」
「着ます! 今着ます!」
 通りがかったのか、扉越しに要さんから釘を刺される。さすがに素面で服剥かれるのは無理すぎる……! ああでも高そうだよこの服……! わたしは今月お財布によゆーはございませんよ!?
 びくびくしながら着替えると、ちょうど要さんがやってきた。
「よし、ちゃんと着たわね」
 にやりと笑って要さんがわたしを一瞥する。その手には箱とかメイク道具入ってるボックスとか、よくわからないけどいろいろある。
「うん、やっぱり似合うわ。あんた姿勢いいんだし色白いし」
 がちゃがちゃとメイク道具を取りながらわたしを座らせる。おすわり、で素直に座っているあたりでわたしは訓練された犬に成り下がったのではないか。餌付けも完璧だしな。

「それじゃ、あたしが魔法かけてあげる」

 にっこりとやさしく微笑む要さんは、見惚れるくらいに綺麗だった。



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