可憐な王子の受難の日々

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20:耳の穴かっぽじってよく聞きなさい?



 賑やかな舞踏会の会場では、不穏な噂が流れていた。一向に姿を現さない北国の双子を待ちかねてのことだろう。もちろん噂の出所はあまり喜ばしいところではない。

「聞きました? リノルアース姫が行方不明だと」
「ええ、それで急遽兄君をお呼びになったんだとか。双子だから服装を変えて入れ替われると」
「一人二役を演じると? お伽話じゃあるまいし」


 バーグラス卿は口元を歪めて、その噂にさらなる尾ひれをつける。


「私はこう聞きましたよ、リノルアース姫は男だと」
 まさか、と笑い飛ばす者の方が多かった。
 一目でもあの姫を見れば、どれだけ美しく可憐な姫か分かるというものだ。
 しかしこの会場に来て、一度もリノルアースを見ていない者の方が多い。美しいという噂を聞いているだけで、その美貌がどれほどのものか知らない人間は、もしかして、と疑う者もあった。







 空耳だったのだろうか。


『私にあなたが必要なんです。アドルバード様。私が私という人間であるために』


 ――それは、どんなに情熱的な告白もかすんでしまうような、言葉だった。
 いや、でもちょっと待て。好きだという意味ではないかもしれない。なんていうか人として必要とされているってだけで。恋愛とかそういうものとは違うのかも――。


「――アドルってホントにお馬鹿よねぇ」
 耳まで真っ赤にしたアドルバードをしみじみと眺めながら、リノルアースは呟く。
 その声でアドルバードは現実に舞い戻り、きょろきょろと周囲を見回した。部屋にいたのは男物の服を着たリノルアースと、その側に控えるルイだけだ。
「あ、あれっ!? レイは? ていうかリノル、おまえなぁ!」
 積もり積もった質問と不満をリノルアースにぶつけようとすると、口を塞がれた。
「文句言わないでよ。男らしくない。とっととその服脱いで。着替えるから。ああ、あとレイは準備に向かってるわ」
 そう言いながらリノルアースがアドルバードの服を剥ぎ取ろうとする。 
「女の子が男の服を剥ぐな! ていうか計画そのものの説明がまだだ!」
「派手にやるってレイから聞かなかった?」
「それだけだ! どんだけ抽象的なんだよ! ていうかおまえやレイがいたらそれだけで十分に派手だ!」
「あら、ありがとう」
「褒めてるんじゃない!!」
 褒めなさいよ、というリノルアースの文句を無視して、アドルバードは上着を自分で脱いだ。リノルアースが侍女を呼んで、隣室に行く。彼女も着替えなければならない。
「――ていうか馬鹿って言われなかったか、俺」
「言われました」
 アドルバードの着替えを手伝っていたルイが即答する。
 隣室から出てきた侍女が服を置いていった。どうやらリノルアースが先ほどまで来ていた『アドルバード』の服を着るらしい。
「なんで?」
「なんでと言われても……あそこまで言われて気づかないんじゃあ鈍感を通り越してアホか馬鹿ですよ」
 アドルバードは首を傾げる。
 そして少しの間で何度も反芻したレイの言葉を思い出す。
「おっおまえら立ち聞きっ……!」
「偶然聞いたんですよ。我が姉ながら惚れ惚れしますよ。あの人の生き方には。まぁ実際昔は本気で惚れてましたけど」
 さら、と爆弾発言を落とされてアドルバードは絶句した。
「きょっ姉弟だろう!?」
 動揺して声が裏返ってしまった。
「血は繋がってないってご存知でしょう? 初恋です。俺の。懐かしいなぁ」
 ルイは遠い目をして呟く。
「し、知ってるけど。初恋というと何年前だ……?」
「さぁ。そんなに気にしないでください。本当に小さい頃の話ですし。ちなみにリノルアース様の初恋も姉さんです。モテますねぇ」
 のんびりと、そう呟くルイを見ながらアドルバードの心臓はあまりの衝撃にいつもの倍の速さで脈を打っていた。
「リ、リノルまでっ……!?」
「安心してください。昔の話です。……今はリノル様一筋です」
 後半は、隣室にいる本人に聞かれないように少し声量が落とされていた。
 それについて口にするのは、既にアドルバードに気づかれているので気にしていないようだ。


「――――まったく、男が女よりも支度に時間がかかるってどうなのかしら」


 突然降ってきた鈴の音のような声に、アドルバードもルイも驚いて一瞬硬直した。
 そこには美しい深紅のドレスを着て、髪を見事に結い上げているリノルアースの姿があった。まさに大輪の花のような、生きた宝石のような美しい姫だ。
「リ、リノル」
「さっさと着替えてよ。とりあえずリノルアース姫とアドルバード王子は同時に姿を見せなければいけないんだから」
 男の着替えを見るなとか何でそんなに偉そうなんだ一応俺は兄なんだぞとか、言いたいことは山ほどあったのだが、それよりもまず先に聞かなければならないことがある。
「……いいかげん、計画を説明してくれ」
 ため息を零しながら、アドルバードは服を着始める。
 めんどくさいわね、と呟いて、リノルアースは説明を放棄しようとした。いつもの説明役のレイはまだいない。準備とはなんだろうか、と思いながらすぐ側に彼女がいないことが寂しい。
「一回しか言わないから、耳の穴かっぽじってよく聞きなさい?」
 悪巧みを考えているときのリノルアースの笑顔は、とても輝いているとアドルバードは苦笑して、一度だけ頷いた。





 レイが考え、リノルアースと計画したという作戦の内容は、おおまかには予想できていた。リノルアースに聞いたのは確認のようなものだ。
 アドルバードはリノルアースの手をとり、エスコートしながら舞踏会の会場まで戻る。
 双子の姿は誰よりも目立つ。似た容姿の、まったく異なるようで同じような二人は実に神秘的で、魅力的だ。本性を知らない者からすれば、の話だが。
「――ああ、そうだ。言い忘れてたわ」
 会場まであと数歩、というところでリノルアースが呟く。
「……なんだよ」
 リノルアースの言うことはいつもとんでもないことばかりだ。アドルバードが警戒しながら問うと、リノルアースはにっこりと微笑んで、自分よりも少し背の高いアドルバードを見上げる。
「実はね、ご褒美があるの。頑張ってね?」
「アルシザスとの同盟だろ」
 ルイから聞いた、とアドルバードがつまらなさげに答えると、リノルアースは首を振る。
「まさか。あんなものと一緒にしないで。あれは手に入れて当然のものでしょ」
「あんなものって……」
 小国のハウゼンランドにとって、大国との同盟はかなり凄いことなのだ、それをあんなものと言えるほどの褒美とはなんなのだろう。
「まぁ、終わるまでは内緒よ。楽しみにしてて」
 そう言って笑うリノルアースの顔は、何か企んでいる時の顔だ。アドルバードは一歩身を引き、苦笑いする。
「ほら、しゃんとして」
 目の前にはもう輝かしい社交の場が広がっている。
 今から現れるだろう二人はかなりの注目を浴びるだろう。
 アドルバードは腹をくくり、リノルアースと並んで自分の戦場に足を踏み入れた。




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