平凡皇女と意地悪な客人

3:――見え透いた嘘を

 次の日もそのまた次の日も、ジュードは朝食を終えて少しするとパリスメイアのもとに顔を出す。
「いつも何をされているんですか?」
 と問われたが、そんなことはもう筒抜けなんじゃないかと思う。だってジュードはパリスメイアが書庫で本を読んでいても、東屋で涼みながら勉強していても、必ずやってくるのだから。
「午後には授業がありますから、本を読んだり課題をやったり、いろいろです」
 律儀に答えるが、その声には言外に知っているだろうという意味合いを滲ませた。
「王宮の書庫は蔵書も多いですね」
 そう、後宮にも書庫はあるが、パリスメイアはほとんど読み尽くしてしまった。最近では侍女に王宮の書庫まで使いを頼んだりもしていたが、やはり自分の目で選べるのはいい。ゆえにこの機会にとパリスメイアは暇さえあれば書庫にこもっていた。
「物語は読みますか?」
「……ええ、まぁ」
「姉が気に入っている恋物語があるんですよ。アヴィラにあるかな」
 物語の類いとなると、王宮の書庫はあまり当てにならない。まして流行りの恋物語なんてあるはずもない。
「恋物語は、あまり好きではないです」
 だから別にいらない、とパリスメイアは再び本の上へと視線を落とす。
 物は試しと何冊か読んだことがあるが、どれもパリスメイアにはぴんとこないものだった。お姫様は王子様と出会いしあわせになりました、なんて。本当に大変なのはむしろその後だ。だからパリスメイアは、物語ならばどちらかというと冒険譚や寓話を好んだ。
「ああ、だから情緒が育たなかったんですかね」
 ぽつりと小さく零したジュードの声は、しっかり耳に届いている。
「……何かおっしゃいました?」
「いいえ?」
 ――見え透いた嘘を。
 本当に、いけすかない男だ。
 けれどこうして過ぎてゆくなんてことのない会話が、時間が、嫌いにはなれなくて、それを認めたくないパリスメイアは仏頂面のまま不機嫌を装うしかできなかった。







 ――おかしい。

 本のページをめくりながら、その内容がちっとも頭に入ってこないことに気づいたが、認めるのも嫌でパリスメイアは本を閉じなかった。
 珍しくジュードはいつもの時間にやってこなかった。静かでちょうどいい、としばらくは読書を楽しんでいたのだが、ふと時計を確認してもう昼近いことを知ると、途端にイライラした。
 いつもいつも邪魔だと言ってもいたくせに。何かあったんだろうかと気になるけれど、彼の部屋を訪ねる勇気もない。そもそも未婚の女性が身内でもない男の部屋へ行くのはいかがなものか。箱入りで育ったパリスメイアには、どんな行動が正解かさっぱりわからない。
 なにか気に障るようなことでもしただろうか。あんなに、何を言われても平然としていたくせに。
「……ああ、そう」
 ふと、パリスメイアは答えを見つけ納得した。
 彼はパリスメイアに飽きたのだ。可愛げのない、勉強ばかりのパリスメイアが最初は物珍しかったのかもしれないが、数日共に過ごしてわかってのだろう、なんの面白味もない女なのだと。
「まぁ、当然よね」
 わかっていたことだ。パリスメイア自身には、魅力なんてひとつもないのだと。
 苦笑し、さて読書を再開しようと目を落とすと、本の上に影が落ちる。
「なにが当然なんですか?」
 耳へと届く、低く心地よい声に、パリスメイアは目を見開いた。
 空耳だろうかと顔を上げられずにいると、「姫?」とジュードが身を屈めて顔を覗き込んでくる。
「っ……! な、なんでもないです! なんの御用ですか」
 間近に迫った綺麗な顔に、心臓が縮むかと思った。
「ああ、昼食をご一緒にいかがですか? と誘いに」
「……お忙しいんじゃなくて? 無理に構ってくれなくていいわ」
 もし皇帝陛下への義理や義務感でパリスメイアの相手をしているというなら、もう十分すぎるくらいだ。
「いえ……ああ、今日はちょっと祖母の墓参りに行っていたんです。自由になるのは午前中だけなので」
 墓参り。その単語に、パリスメイアはそういえば彼は遠縁だったのだな、と思い出した。
「母に頼まれていたもので」
 頻繁に来れる距離ではありませんからね、とジュードが笑う。
「……お母上……ええと、確か」
「シェリスネイアといいます。陛下とは腹違いですね」
 南の姫、と大陸でも名のしれた美姫だったと聞く。陛下が唯一、大事にしている異母妹だ。今でもやりとりを続け近況を確かめているようだった。
 ああそうだ、とジュードは懐から小さな袋を取り出す。
「お土産です」
「……これは?」
「砂糖菓子ですよ、街で売っていたので。あ、毒見なしのものは食べませんか?」
 それなら俺が食べてみせますよ、とジュードはさらりと言ってのける。年かさの侍女でもいれば毒見なしなどありえません! とでも言いそうだが、なんとなくパリスメイアはそんなこと警戒するのも馬鹿らしい気分になった。
 いつもなら、他人からもらった食べ物なんて絶対に口にしないけれど、パリスメイアは返事の代わりにひとつ砂糖菓子をつまんで口に放り入れる。ふわりと広がる甘さは、一瞬で溶けてしまった。
「おいしい」
「……女性に人気らしいですよ」
 気に入ったのなら、また買ってきます。ジュードが微笑んだその顔が、今までの胡散臭い笑みとはまるで違っていて、パリスメイアはなぜか目が離せなかった。

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