金の姫と婚約者候補たち

第1章:恋ってどんなものですか?(1)






 十四歳のフランディールに与えられたのは、二年の猶予と三人の婚約者候補だった。

「婚約者、候補?」

 家族しかいない晩餐の席で、父王の口から出された奇妙な言葉にフランディールは首を傾げた。王妃である母は平然としている。兄のセオルナードもフランディールと同様に首を傾げていた。
「ああ、婚約者候補、だ」
 候補、という言葉を強調して言う父に、フランディールはまた変なことを思いつくものだ、とため息をこぼす。先日も浮いた話のないセオルナードを憂いてたくさんの姫君を呼んだ夜会を開いたばかりだというのに。
 フランディールは空席のままになっている三つの席を見つめる。普段、そこに椅子など用意されていない。つまり今ここに、婚約者候補とやらがやってくるということだろう。
 せっかくの食事が不味くならなければいいな、と思う。
「理由をお聞きしてもよろしいのかしら?」
 極めて冷静にフランディールは問う。
「この間無事にセオルナードも婚約が決まっただろう? おまえはまだ十四歳だし、もう少し先でもいいかと思っていたんだが」
 父は苦笑して、言葉を濁す。
 フランディールは大陸で金の姫と呼ばれるほどの美姫だ。まだ十四歳ということもあり、幼さの残る顔立ちではあるが、これまでも縁談の話はあった。
「縁談のお話が増えた、ということでしょうか?」
「兄がまだだから、決めるつもりはないという言い訳が使えなくなったからな。正直困っている」
「それは、ごめんなさい?」
「フランが謝ることでもない。だが、牽制が必要だろう」
 つまりその牽制のための婚約者候補、というわけか。
「その方々から婚約者を選べと?」
 フランディールはなんの棘も含まずに問う。姫として生まれたのだから、恋愛結婚など期待していない。両親は見事な恋愛結婚だし、堅物の兄も恋を実らせて婚約したけれど、自分もそうなるだろうとは思えなかった。
 しかし。
「いいや、好きにしていい」
「それでは候補にさせられた方々に申し訳ないような気がしますけど」
 選ばれるかどうかもわからない婚約者候補、なんて損な役回りをどこの物好きが引き受けてくれたのだろうか。
「そこはもう承諾済みだ」
 そうですか、とフランディールは呟いた。母が何も言わないということは、既に母も知っているのだろう。兄は微妙そうな顔をしているから、知らされていないのだろうけれど。口を挟んでこないのは、自分が口出すことではないと思っているからだろうか。
「紹介しよう」
 父は微笑んで、扉の方へ声をかける。

「入ってくれ」

 かっちゃりと開いた扉の向こうには、知った顔も知らない顔もあった。一番最初に目に入った青年に、フランディールはあからさまに顔をしかめた。
「どこの物好きかと思ったらキリルじゃないの!」
「フラン」
 思わず口調を崩した娘に、母が釘を刺す。少し癖のある黒髪に、緑色の瞳。北国ハウゼンランドの民としては肌の色が濃く、南国の血が入っていることを告げていた。
 キリル・リオ・バウアー。公爵家の跡取り息子であり、フランディールやセオルナードの従兄弟である。
「ようフラン。伯父上、伯母上、お久しぶりです」
 くだけた口調なのに不快ではないのは、キリルの人柄だろう。人懐っこい笑顔に、たいていの人間は心を開く。
「三人とも、座ってくれ。知った顔もいるが、紹介する。一人目。甥でもあるキリル・リオ・バウアー」
 フランディールにとっては幼なじみでもある。五歳年上である彼は、フランディルやセオルナードにとっては兄貴分だった。
「二人目、ヴェルナー・ロイ・ネイガス」
「久しぶり、フラン」
 フランディールを愛称で呼ぶ少年もまた、顔見知りである。ハウゼンランドの隣国ネイガス王国の第四王子だ。遠縁にあたるものの、こんなことに巻き込むなんて、とフランディールは頭が痛くなった。
 会うのは数年ぶりだ。フランディールよりもひとつ下だが、記憶にあるよりも背が高くなった。昔はフランディールの方が高かったのに、おそらく今は同じくらいだろう。薄茶の髪に青い瞳の、本好きの少年だ。
「三人目。ヒース・ウェルキル」
「お初にお目にかかります、フランディール姫」
 最後の三人目は知らない人だった。キリルよりも年上だろうか。鈍い銀色の髪に、紫色の瞳。一見すると冷たい印象だが、ふわりと微笑むと思いの外やさしい顔つきになる。騎士団の服を着ているということは、つまりそういうことなのだろう。
「はじめまして」

「以上三人だ。これから婚約者候補として正式に公表するので、そのつもりでいなさい」
 父がそう締めくくり、なんとも奇妙な食事が始まった。

 いつもならば家族水入らずで談笑しつつの食事になるのだが、今夜ばかりは空気が違う。平然と食事を続ける母に、少し気まずそうな兄と父を見ながら、フランディールはため息を零した。
「ヴェルは大丈夫なの? こんな茶番につきあって」
 話しかけられたヴェルナーは、青い瞳を丸くしてフランディールを見た。
「問題ないよ。僕は王子といっても第四王子だし、上の兄上たちは皆健康だ。よほどのことがない限り僕にネイガスの王座なんてまわってこない。もともとどこかに婿入りするしかないし、ハウゼンランドへは留学という名目もある」
 名目だけど、僕にとってはそちらがメインかな。悪びれなくヴェルナーは答えた。突然繰り広げられた会話に驚いているようなのはヒースだけで、他は誰もが顔色を変えずに食事を続ける。
「それならいいけど。ヒース様も、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 矛先を向けられたヒースは動揺しながらも「いえ」と答える。まさか国王陛下の前でこんな話を始めるとは思うまい。
「姫を守る盾に選ばれて光栄です。それと、私のことはヒースとお呼びください」
「でも、年上の方にたいして呼び捨てなのは」
 立場としてはフランディールが上なのは明白だし、フランディール自身もわかっている。しかし婚約者候補であり、騎士団の副団長ともある人を呼び捨てにするというのは。
「おいこら。おまえ年上の俺を呼び捨てにしてるだろうが」
 今まで黙っていたキリルが、さすがにこの話題は黙っていられないと口を挟む。
「だってキリルはキリルだもの」
「どんな理屈だ」
 理屈もなにも、幼い頃から呼び捨てなのだから今更だ。キリル様? キリルさん? どんな形にせよ違和感満載で鳥肌が立つ。
「他の婚約者候補の方々が呼び捨てや愛称を使われているのなら、なおさら。私もそのようにしてくださると嬉しいです」
 ヒースがキリルとフランディールのやりとりにくすくすと笑いながらそう言ったので、結局呼び捨てということで落ち着いた。



 食事が終わり、三人の婚約者候補たちは先に退出した。何か言いたげな兄も、母が無言で連れて行く。自然と、部屋の中にはフランディールと父王のみが残った。
「お父様」
 フランディールはしっかりと父を見据え、問う。
「婚約者候補、が通用する期間はいかほどでしょうか」
 父王はフランディールの問いに目を丸くした。そして目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出す。
「三年、いや、二年くらいだろうな」
「二年のうちに婚約者候補ではなく婚約者を決めなくてはならない、と思って間違いありませんこと?」
「で、なければ婚約者候補という飾りは使えなくなる。今よりも結婚適齢期になることもあるし、縁談は断りにくいな」
 二年後となると、フランディールは十六歳だ。姫君としては結婚するのになんら不自然ではない年齢になる。ハウゼンランドは名の知れた国になったとはいえ、国としての力は弱い。大国からの申し入れは断れない場合もあるだろう。
「かしこまりました。心に留めておきます」
「ああ」
 それでは私も失礼いたしますわ、とフランディールはふわりと微笑んで扉へと向かう。その愛娘の後ろ姿に、父王は声をかけた。
「俺は、できることなら愛する人と結ばれてほしいと思っているよ。おまえも、セオルも」
 大恋愛の末に結ばれた父は、愛のない結婚を子どもたちにさせたくないらしい。こちらはそれなりに覚悟してきたというのに。
 兄はきっともう大丈夫だ。愛する人を見つけることができた。国にとっても良き相手だ。
「私も、できることならお父様やお母様のようになりたいと思っておりますわ」
 それは、紛れもない本音だった。
 けれど同時に、フランディールは恋を知らない。恋とはいったいどういうものかしら?

 詩作の先生曰く、それはいつの間にか心のうちに住んでいる熱情だという。
 父曰く、それは心を埋め尽くすしあわせなのだという。
 恋愛小説曰く、それは突然落ちるものなのだという。

 兄はそのどれもが当たっているよ、と微笑んだ。フランディールにはどれひとつとしてぴんとこない。
 だから正直、婚約者であろうと婚約者候補であろうと、フランディールにはどうでもよかった。姫として国のために利益のある結婚をするのだろうと思っていたから、なおさらだ。自分で愛する人を選びなさい、なんて言われても困る。

 婚約者を決めるまでの、猶予の二年。
 それはつまり、フランディールに許された「恋」をする期間だ。












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