金の姫と婚約者候補たち

第3章:本当の恋ってなんですか?(2)







 空腹も影響して、ぱくぱくと夢中で食べていると、じぃっとキリルが見つめてきていることに気付いた。
「……なに?」
 サンドウィッチを頬張ったまま問いかけると、キリルは「ん?」とやさしく笑う。
「目、冷やさないと明日まずいだろうな」
「……どうせひどい顔よ」
 見た瞬間に噴き出してしまうくらいに面白い顔になっているのだろう。フランディールは頬を膨らませるが、キリルはフランディールの目元に手を伸ばし、指先でそっと撫でた。
「それ食べ終わったら濡らしたタオルでも持ってくるか」
 キリルが妙にやさしいので、居心地が悪い。いや、彼がやさしいということは知っているけれど、こんなに真面目に、やさしさだけを注がれていると身の置き場がないのだ。これがヒースやヴェルナーなら、すんなりと受け入れられるかもしれない。しかし彼らをこうして寝室に招き入れることはありえないだろう。キリルだから、こうして寝室で二人きりという状況でも危機感は抱かない。だって彼は兄と同等なのだ。
「それくらいは自分でやるわ。そろそろ部屋に戻ったら?」
 ちょうど持ってきてくれた食事は食べ終えた。空腹が満たされると、不思議と気持ちも落ち着いてくる。
「その顔で部屋の外出るのかおまえ」
「悪かったわねひどい顔で。いくらキリルでも、こんな時間に私の部屋にいたら問題でしょう」
 兄などに知れたら、それこそキリルが兄に叱られる。
「いまさら。おまえなんかに手ぇ出さねぇよ」
「そういう意味じゃないわ」
「知ってる。けどおまえ、俺やセオル以外でこんな真似すんなよ? 男は狼だからな」
 くしゃりとフランディールの頭を撫で、キリルは空になったトレイを持ち上げる。
「あとでタオル持ってくるように言っておくよ。布団被っていれば見えないだろ」
「……そんなにひどい顔?」
 自分でも瞼が腫れているのはわかるが、そこまで気をつかわれると気になってしまう。
「そうでもないんじゃね? おまえは元がいいからさ」
 結局どっちなの、と問いたかったがキリルは手をひらひらと振って出て行ってしまった。



 よく眠れた――とは言えないが、一睡もできなかったということはなかった。泣き疲れたこともあり、フランディールはいつの間にか深い眠りに落ちていた。目覚めてからすぐに鏡で自分の顔を確認する。目が赤いのは隠しきれないが、腫れはどうにか引いたようだ。これなら人前にも出ることができる。
 泣いた理由をどう取り繕おうかと考えて、やめる。ヒースにもキリルにも知られているし、キリルがヒースに制裁を加えたところにはヴェルナーもいたはず。ならば、理由など誰もがわかっている。誤魔化したところで無駄だろう。
 侍女たちは相変わらず姫君を着飾ることに余念がない。己の主には何が似合うか、主を一番にうつくしく見せるものをよく理解している。侍女がフランディールに化粧を施し、そして「いつもと変わらず、お綺麗ですよ」と優しく微笑む。フランディールもつられて笑った。
 身支度を終えて鏡で確認する。
 ゆるく波打つ金の髪。青い瞳は少し赤くなってしまっているが、その深い青のうつくしさは変わらない。淡いブルーのドレスはこの季節に合わせて涼やかだ。うん、とフランディールは頷く。
 先手必勝――とは、違うかもしれない。しかしフランディールとしてみれば戦いに行くようなものなので、今日ばかりは侍女たちになされるがまま着飾ってもらう。うつくしさは女の武器だ、と教えてくれたのは叔母だ。
 フランディールは朝食に向かう廊下の途中で、ヒースを待ち伏せた。
 ほどなくしてヒースがやってくる。ヒースはフランディールの赤くなった瞳を見て、明らかに動揺した。

「おはよう、ヒース」

 フランディールがにっこりと微笑むと、ヒースは怯んだ。振ったという罪悪感か、それとも泣かせたという事実のせいか。どちらでもいい。その隙をフランディールは見逃さなかった。
「覚えていてね、ヒース」
 細い指をヒースの胸に刺す。失敗するな、とフランディールは自分に言い聞かせた。笑え。うつくしく笑え、と。
 フランディールは自分のうつくしさを理解している。美人が私なんて、というのは謙虚などではなくて皮肉だ、というのも叔母の言葉だっただろうか。うつくしいのは事実なのだから、胸を張れと。そのうつくしさだけがか弱いフランディールの振るうことができる唯一の武器なのだから。

「北に金の姫の在りといわれるこの私を振ったのよ? あとで後悔しても知らないから」

 もう私は、あなたになびくことはないわよ。
 そう宣言して、フランディールは「お先に」とその場を去る。金の髪がふわりと風に翻る。細いヒールがかつかつと音を立てて、響いていた。
 未練たらしく散らずにいようとする初恋を、フランディールは自分で手折った。この一瞬だけでも、ヒースに「惜しかった」と思わせることができたのなら、フランディールにとってこの恋は負けにはならない。
 負けたくない。振られただけで終わりになんてしたくない。
 可愛げのない女。
 フランディールは自嘲気味に笑って、けれど俯くことはなく前を見据えた。ハウゼンランドの短い夏の青空が、泣き明かした瞳には少し眩しい。














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