金の姫と婚約者候補たち

第3章:本当の恋ってなんですか?(3)







 避暑地での夏も終わり、王城へと戻って変わり映えのない日常が戻る。
 短い夏はあっという間に過ぎ去り、気が付けば秋風を感じるようになっていた。
 ヒースと会うたびに胸が少しも痛まないといえば嘘になるけれど、初恋をひきずっているというほどでもなくなった。いずれこの痛みもなくなるだろう、と思えるくらいには回復している。
 立ち直りが早いのか、それとも、ヒースの言うとおりこの恋はただの憧れだったのか、フランディールにはわからない。
「そういえば、最近キリルを見ないんだけど」
 偶然廊下で出会ったヴェルナーと立ち話をしていると、そんな話題になった。ああ、とフランディールは種明かしをする。
「キリルなら一週間くらい前からまだ出かけているわ」
 曰く、今のうちにあちこち行かないと、冬になるとあまり動き回れなくなるとのことで。ヴァルナ―は「はぁ?」と呆れたように呟く。
「彼は一定期間同じところでじっとしていられないの? 仮にもフランの婚約者候補で、公爵家の跡継ぎなんだからさ」
「キリルにそれを求めるだけ無駄だと思うわ。今度の夜会もエスコートお願いね、ヴェル」
 くすくすと笑いながらヴェルナーの隣に並んで、フランディールは「あら」と目を丸くする。
「……ヴェル、もしかして背が伸びた?」
 以前はフランディールよりもわずかに低かったのに、今こうして並んでみると目線が同じだ。ヴェルナーもフランディールと並んで、気づいたのだろう、「ああ」と呟いた。
「そうかもしれない。自分では気づかないけど」
「ハウゼンランドに来て半年しか経ってないのに。背が伸びるの早いのね」
「これでも男だし……これからもっと伸びるよ」
 これではあっという間に背が抜かれてしまうだろう。弟のような気分で接してきたけれど、こうも男らしくなられていくと、ちょっと動揺する。フランディールより背が高くなった頃には、こうして何気なく隣に並ぶのも緊張するかもしれない。今はこうして、肩と肩が触れ合う距離にいても平気だけど。
「一年後くらいには、きっとすごく背が高くなってるんじゃない?」
「そうなることを祈るよ。小さいままだとかっこつかない」
「そう? ヴェルはかっこいいわよ」
 フランディールが即答すると、ヴェルナーはじろりとフランディールを見て、はああああ、と深いため息を吐き出した。
「……いいけどさ、別に」
「褒めているのにどうしてため息なの?」
 呆れるようなことを言った覚えもないのに、とフランディールは首を傾げるが、ヴェルナーは「なんでもないよ」と会話を終わらせてしまった。釈然としないものの、追究するほどのことでもないか、とフランディールは黙る。
「それで? フランはどうなの」
「何がかしら?」
「新しい恋はできそう? 婚約者は決まるの?」
 容赦のないヴェルナーの言葉に、フランディールは目を伏せた。
「……ヴェルは時々いじわるね」
「そりゃ、一応僕にも関わりあることだしね」
 いじわるであるというところを否定しないのがヴェルナーらしい。フランディールは目を伏せたまま小さくため息を零した。
「わからないの。自信がなくなっちゃったわ。恋って何かしら?」
「初恋を経験したのに、またその質問? 進歩がないね」
「だって、わからないんだもの。私はヒースが好きだったわ。だけど、ヒースはそれは恋じゃなくて憧れだって、言ったのよ。なら、本当の恋ってなんなの?」
「それはまた、難しいことを考えるなぁフランは」
 もう少し単純に考えればいいのに、とため息を零す。こういうときのヴェルナーはとても大人びている。ヴェルナーは困ったように微笑んで「どこかでゆっくり話そうか」とフランディールに手を差し伸べた。外でお茶をするにはもう寒い季節だ。もう少し行けばヴェルナーの部屋がある。
「前にも言ったと思うけど、恋の定義は人それぞれだよ。それに、フランの恋の答えは、フランが決めることだね。ヒースがいくら否定しても、フランの気持ちはフランにしかわからないからね」
 部屋に辿りついてソファに座る。その間にヴェルナーはそつなく侍女にお茶の用意を命じていた。
「恋じゃなくて憧れだったのかもしれないって、思うの?」
 ヴェルナーはフランディールの向かいに座って、首を傾げて問う。そもそもフランディールがヒースへの想いを憧れなどではなかったと否定するのであれば、本当の恋はどんなものか、なんて疑問は浮かばないはずだ。
「……それも、わからないのよね。あの時は本当にヒースのことが好きだった。けれど、そうね。彼と本当に一生添い遂げること覚悟があったかしら、とは思うの。今こうして冷静に考えると、熱に浮かされていたような気もするのよね」
 彼とともに生きたいと本気で思っただろうか? ――よくわからない。だってそんなことを考えている余裕はなかった。ただ初めての恋に溺れていた。
「僕から見ると、今のフランはかなり客観的になっていると思うよ。でも、たぶん答えは見つからないね」
「どうして?」
「フランが本当の恋をしていないから、じゃない。フラン自身が恋だと認められる経験をしていなきゃ、ヒースへの想いがそれに当てはまるか否かも判断できないよ」
 宿題だね、とヴェルナーは笑った。フランディールは紅茶を口に含みながら、いつになれば答えの見つかる宿題なのだろう、と思う。もう自分に残された時間は、一年半を切っているのに。

 答えを見つける前に、ゲームオーバーになるかもしれない。













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