金の姫と婚約者候補たち

第4章:恋って楽しいものじゃないんですか?(3)







「一時は危うかったですが、もう大丈夫でしょう。もちろん移動は無理をせず、ゆっくりと馬車での移動となるのが前提ですが、王都でもうしばらく安静にされるとよいかと」

 この近辺の村を駆け持ちで診ているという年老いた医師はやんわりと人の良い笑みを浮かべて答えた。その結論もあり、キリルは王都に戻り治療を受けることとなった。ここで治療を続けるよりも、腕の良い医師が集まる王都の方がよいだろう、という判断だ。若く鍛えているだけあって、キリルの怪我の治りも早いらしい。
 村に来るまでは急ぎだったので道の悪い山道を通った。しかし帰りはキリルの身体のこともあるので遠回りで街道を使うことになる。少しのんびりとした帰路となった。
「ヴェルには悪いことしちゃったわね。わざわざ来てもらったのにすぐに王都に戻ることになっちゃって」
「いいよ。通る道も変わるし、あちこち街を見て回れるから勉強にもなる」
 馬車に揺られながら、数日ぶりに会ったヴェルナーはやさしく微笑む。フランディールたちを慌てて追いかけるようにしてやってきたヴェルナーの馬車に、フランディールが共に乗っている。フランディールがやってくるときに使った馬車をキリルと叔母が使うことになったのだ。想定よりも早い王都への帰還となり、セオルナードは王都でキリルやフランディールたちの帰りを待つことにしたらしい。
「そういえばヴェルは一応勉強のためにハウゼンランドに来たんだもんね」
「そうだよ。忘れられちゃ困るよ」
 茶化すようにヴェルナーが言うので、フランディールはふふ、と思わず笑ってしまった。キリルが治療を受けていた村を出立して、今は夕刻までにたどり着くように次の街へ向かっている。山道を通れば一日半ほどで王都に到着できるが、遠回りとなるとその倍以上かかる。
「……キリルが、フランは大丈夫かって心配してたよ」
 ヴェルナーが言うか言わずにいるか、悩んだ末に口を開いた。
「何それ。自分の怪我の具合を心配してなさいよ」
 キリルらしい、とフランディールは笑う。そしてすぐに顔を曇らせた。
「僕が見てもフランは大丈夫じゃなさそうだなぁ」
 辛いなら吐き出しちゃえば? とヴェルナーは笑った。じわり、とその笑顔がフランディールの胸に沁みる。
「……どうして私って、望みのない恋をしちゃうのかしらね?」
 無理に笑みを作って、強がりながら呟くと、ヴェルナーはわずかに眉を顰めた。フランディールは表情を作るのを失敗したな、と思う。心配されないように繕ったつもりだったのに。
「どこで自覚したの?」
 誰に恋をしているのか、と問わないあたりで、ヴェルナーにはバレてしまっているんだろうな、とフランディールは苦笑した。そしてどこで自覚したのか、ということは、つまり、ヴェルナーはフランディール自身よりも先に知っていたということだ。
「…………許せないって、思ったの」
 窓の向こうを見つめて、フランディールは言葉を紡いだ。自分の心を整理するように。
 流れていく景色は、早すぎて目にも留まらない。けれどその光景を見つめるだけで少しだけ冷静になれるような気がした。
「無事を確認するまで、不安で不安で仕方がなくて、世界が真っ暗で、何も考えられなくて。元気に笑っている姿を見た瞬間に、安心して立っていられないかと思ったくらい。そのくらい、気づかない間に心の中がいっぱいになっていたんだなぁ、て気づいて」
 自覚してからずっと、心の奥底に沈めていた。おかげで息苦しくて、もやもやして、笑顔をうまく作れなくなかった。言葉にするごとに、沈めていた重石が浮かび上がってくるようだった。
「元気だって思った途端、許せなかった。私の知らないところで、私の知らないうちに、死ぬなんて許せないって。そんなことを思う資格はないのに。私には、一番に文句を言える立場でも、一番に安心できる立場でもないの。だって、ただの従妹だもの」
 言葉にしてみても苦しい。フランディールは知らずに自分の胸を押さえた。
「……恋人じゃ、ないもの」
「……それでも、彼にとってフランは家族のように大事な存在だと思うよ」
 名前を出さずに会話に付き合ってくれるあたり、ヴェルナーはやさしい。そうね、とフランディールは素直に認めた。
「けど、家族みたいなの。そこまでなの。だって、ぜったいに」
 ここから先は言いたくない。我儘な自分がやめて、と心の中で叫んでいる。自覚したばかりの恋心を、こんな形で握りつぶさないで、と。けれど現実を見なければ前にも進めない。
 本当に馬鹿だ。ヒースの時より、望みがない。

「ぜったいに、キリルは私を好きならないのに」

 声が震えた、と思ったら、ぽたりと涙が落ちた。
 ぎゅっと拳を握りしめて、フランディールは俯かずに窓の向こうを見つめ続ける。
「フラン」
「知っているの。キリルにとって私は妹みたいなものだから、だから、恋愛感情なんて持ってくれないって。はじまっても終わっているなんて、ほんと、私って恋愛運ないよね」
 こればっかりは、誰になんと励まされようと分かるのだ。はじめから、終わっているのだと。
 それなのに、どうしてだろう。ヒースのときよりも、ずっとずっと、胸が苦しい。終わりたくないと心が叫ぶのだ。
 思い続けても、辛いだけだというのに。














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