金の姫と婚約者候補たち

第1章:恋ってどんなものですか?(4)






 避暑地である城に到着したフランディールは、不機嫌を隠す様子もなく城門をじっと見つめた。ウランディールたちが到着してから小一時間ほどでヒースはやってきた。

「ヒース!」

 その姿を見つけて、フランディールは駆け出す。こればっかりはすっきりさせないと気持ち悪い。
「姫」
 フランディールが怒っているようだ、とヒースも気づいたのだろう。苦笑いを見せながらも「どうかしましたか?」と問いかけてくる。
「話があるのよ」
「では、ここで」
「ここじゃゆっくり話せないわ」
「ゆっくり話したいことなんですか?」
 困ったように微笑まれ、フランディールは黙る。移動だけでなくさきほどの一件でヒースも疲れているはずだ。早く休みたいだろう。
「……ここでいいわ。ヒース。さっきの話よ」
「さっきとは」
 はぐらかす気ね、とフランディールはヒースを睨みつける。
「『あなたの剣であり盾ですから、いいんですよ』のことよ。どういうつもり? 私はあなたを専属の騎士にした覚えはないのだけど?」
「そうですね。私もあなたの騎士になった覚えはないです」
 にっこりと微笑みながら切り返してくるヒースに、フランディールは苛立ちを覚えた。この感じ、覚えがある。兄や母が面倒なことをかわそうとしているときや、誤魔化そうとしているときに似ている。食えない感じ。
「なら、私を護るのは義務ではないということでしょう?」
「女性を護るのは騎士の務めですが」
「そういうことを話しているんじゃないわ。私は、私のためにあなたが危険な目に遭うのは嫌だと言っているのよ。けどあなたは、自分を一番犠牲にしている気がするわ」
 思いのままに言葉にすると、それはすんなりと吐き出された。そうだ、彼はどこか、他の二人の婚約者候補と違って役割を間違えている気がするのだ。婚約者候補ではなく、護衛として振舞っているようだった。
「それは、当然でしょう?」
「なぜ?」
 ヒースが微笑む。まるで子どもを諭しているみたいだ。
「姫もキリルも、この国で欠かすことのできない人だ。そして、ヴェルナー殿になにかあれば国際問題になる。だが私には、代わりがいますので」
「ヒースの代わりなんていないわ」
 はっきりと即答した。フランディールの返答の早さに、ヒースは目を丸くする。そして微苦笑した。
「その言葉だけで、十分ですよ、姫。私はもともと、護衛の意味もかねて婚約者候補に選ばれたのですから、だから気になさることはないです」
 え、というフランディールの声はあまりにも小さく、空気に溶けて消えてしまう。
「変だとは思いませんでしたか? 公爵家子息と、他国の王子に私のようなものが並び立つなど」
 ヒースが苦笑しながら告げる言葉に、フランディールは今更なからに気づく。そうだ。指摘されると、確かにおかしい。ただフランディールは、こんな妙なことに協力してくれる人が少なく、王が認めることができたのがこの三人だったというだけなのだろうと、勝手に納得していた。
「私は初めから、あなたや、他の婚約者候補を護るためにいるんです」
「どうして、そんなこと」
「今日のことにしても、婚約者候補という存在に異を唱えるものはいるということです」
 少し考えればわかることだった。しかしフランディールはその可能性を少しも考えていなかった。なんて愚かな姫だろう、と自分が嫌になる。
「もっと国益に繋がるような国の王子と婚約すべきだとか、または王家との繋がりを得るために息子などを売り込みたい貴族だとか。反対するものはたくさんいます。そうしてその中には、こういった手段に出るものもいる」
 静かなヒースの声が、胸に刺さる。たぶんこれでも彼は容赦してくれている。ひとつひとつ、言葉を選びながら話している。
「そういったときに、護る手は多いほうがいい。あなたを護るのに、剣も盾も多すぎるなんてことはないんですよ」
 痛い。
 フランディールはきつく目を瞑ると、唇を噛んだ。甘やかされた姫にはなりたくないと思うのに、周囲はそれを許してくれない。フランディールの知らないところでフランディールを真綿に包むようにして護ってくれる。
 ――護ってくれなんて、言っていないのに!

「ヒース・ウェルキル。あなたは私の何?」

 フランディールは肺にたまった息を吐き出し、顔を上げた。射抜くようなフランディールの瞳の強さに、ヒースは自然と姿勢を正した。
「……姫の、婚約者候補です」
「ならば、剣であることも盾であることも必要ない。護ってくれるのは嬉しいけれど、自分の身を犠牲にされるのは嫌よ」
 十四歳の少女が、あんな危険な目に遭ったその数時間後だというのに、フランディールは揺るがない。ああ、強いな、とヒースは思った。
「はい。姫」
 ヒースは跪き、フランディールの白い手をとった。そしてその甲に唇を押し付ける。
「ならばどうか、婚約者候補としてあなたをお護りすることはお許しください」
 見上げてくるヒースの瞳と目が合うと、心臓がきゅっと締め付けられるようだった。美形がこういうことをするのはたいへんずるいと思う!













copyright© 2013 hajime aoyagi.
designed by 天奇屋

inserted by FC2 system